坂野先生によるマラソン講座 第1回

汗とランナー 水分と塩分の補給の考え方
(2004.8.16)
(2004.8.16 改訂:2005.9.29)
(熊本第一病院の野上先生他から文中の数値の誤りを御指摘いただきました。
本改訂版では訂正した数値を
赤字で示します。)


夏のトレーニングでは大量の汗をかきます。
熱中症のこともあり、「汗によって失われる水分と塩分の補給をどのようにしたらよいか」はとても大切なことだと思いますが、私のまわりには適当な情報が見あたりません。
そこで、Yahoo! で"sodium concentration in sweat"をkeywordsとして探してみたところ、よい情報がありました。
原文は英語で3ページくらいです。専門用語も入っているので少々とりつきにくいかもしれませんが、是非読んでみて下さい。
http://www.eload.net/Media/Article07.htm
また、日本語のホームページにも汗や塩分の摂取について、とても参考になる情報があります。たとえば
http://hippo.med.hirosaki-u.ac.jp/~sasakin/nao-h/salthealth.html
これらの情報を参考に、運動中に汗で失われる水分と塩分の補給についてまとめてみました。

汗とナトリウム − ナトリウムはなぜ重要?

運動をしているときに出る汗は体温の調節のためです。
汗は体の表面にある汗腺から分泌され、汗腺を取り巻く毛細血管から汗の原料が供給されます。
その主な成分は水ですが、他にもいろいろな成分が含まれているので、汗をかけば水だけでなく他の成分も体から失われることになります。
水以外の主な成分はNaCl(食塩)ですが、汗をかく速度が速いほどその濃度が高く、マラソンのような長距離・長時間にわたる競技中に汗として失われるナトリウム(Na)の量は無視できません。
ナトリウムは体の中で神経伝達、腸管での消化・吸収、血液など体液の浸透圧・pHの調節など、とても重要な役割を持っています。
そのため体液、とくに血液のナトリウム濃度は一定の、狭い濃度範囲に厳密に調節されています。
ですから、汗によって水、ナトリウムが失われることは体にとって重大な出来事なのです。

汗で失われるナトリウムの量はすごい!

マラソンなどの競技中にかく汗1リッター中には ナトリウム(Na)が食塩(NaCl)に換算して1.75−3 グラム位含まれています。
単純に計算すると、1時間に1リッターの汗をかく人は、1時間に1.75−3 グラムの食塩を失い、12時間のトライアスロンでは21−36グラムを失うことになります。
陸上を走るのと比べて少ないものの、水中でも塩分は失われます。
体重63kgの人の血漿(血液から赤血球や白血球を除いた液性部分:体重の約5%、すなわち約3リッター)中に含まれる食塩の全量がおよそ
25グラム、血漿とリンパ液などを含めた体液全体(体重の約15%)でも80グラム程度ですから、この量は無視できません。

血液中のナトリウム濃度が低下すると? − 低ナトリウム症

健康な人の血漿中のナトリウム濃度は食塩換算で
8.06−8.30グラム/リッター(138−142mEq/L)です。
血漿中の濃度が
7.89グラム/リッター(135mEq/L) 以下になると「低ナトリウム症」と診断され、吐き気、痙攣、めまい、発作、精神錯乱等の症状が現われ、重症の意識障害、悪ければ死に至ることもあります。
「低ナトリウム症」は「熱中症」の一つで、特に高い気温と湿度の気象条件のもとで、長時間にわたる競技が行われるとき発症することが多いのですが、敏感な人は長時間でなくても発症します。
重度の「低ナトリウム症」では、血漿中の濃度が
7.01グラム/リッター(120mEq/L)まで低下しますが、この濃度は正常な血液から1リッターあたり僅か1.2グラムの食塩が失われたときの値です。
つまり、血液中のナトリウム濃度の正常域と低ナトリウム症域の差は極めて小さいので、少量のナトリウムの損失が容易に低ナトリウム症を引き起こし得ることになります。

水を飲むのは本能、しかし塩をなめるのは本能ではない

長距離の競技では大量の汗をかきます。
体に充分な水分とナトリウムを供給し、保持することが決定的に重要ですが、これは云うほど簡単ではありません。
人間は喉が渇けば本能的に水を飲むものの、本能的には塩を摂ろうとはしません。
しかし水だけ飲むと、体内では「水分の保持」と「ナトリウム濃度の維持」という二つの調節が互いに衝突してしまうのです。

汗をかいて脱水すると、頸動脈にあるセンサーが血圧の低下を感知します。
すると、これを受けていろいろな防御機構が始動します。
その一つが脳下垂体から分泌される抗利尿ホルモン(ADH)で、これは腎臓に「水を体内に保持せよ」と命令します。
その結果、尿量は少なくなり尿は濃縮されます。
トライアスロンの競技中に尿が出ないのは、この水分保持機構が働いているからです。
発汗による脱水は口渇を引き起こし、水を飲むことになりますが、この調節機構が働くので(飲んだ)水は体に保持されます。
しかし、こうして保持された余分の水が別の問題「低ナトリウム症」を引き起こします。

この「余分の水」は血液をうすめてナトリウム濃度を低下させ、上に述べた脱水の場合と反対の反応を引き起こします。
つまり、ナトリウム濃度が低下すると脳下垂体からのADHの分泌が減るので、腎臓から水の排出が促進され、尿量が増えて尿は薄くなります。
(これにはアルドステロンという副腎皮質ホルモンも関与していると考えられています。)
その結果、血液が濃縮されるので、ナトリウム濃度が高められて低ナトリウム症は改善されますが、血液中の水が尿として排泄されたため今度は血圧が低下してしまいます。
その行き着くところは、再び口渇→水を飲む→ナトリウム濃度低下、という際限ない繰り返しとなり、汗で失われるナトリウムがある量を超えたところで吐き気、痙攣、意識障害等の低ナトリウム症がおきることになります。
実際の調節機構はもっと複雑ですが、このように水の保持とナトリウム濃度の維持は互いに対立・矛盾する面があります。

ランナーは意識的にナトリウム補給を!

私たちの経験からしても、汗をかいてのどが渇いたとき、冷たい水を求めても塩をなめようとはしません。
塩をなめればもっと喉が渇くような気がします。
意識的でなければ、汗をかいたあとに塩を摂取することはないのです。
つまり、「人間は本能的に水分摂取を優先する」ので、低ナトリウム症を招きます。
このことから考えると、人間の本能(生理)は、生体防御反応(たとえば、濃縮されドロドロになった血液の粘度を下げて血液の循環をよくする)を誘起させるために「血圧の低下・口渇という脱水シグナル」に優先的な役割を持たせて「飲水行動」を起こさせ、あえて当面の「低ナトリウム症状態」を許容しているのかもしれません。
しかし、「低ナトリウム症状態」が進行すると健康に重大な影響があるのですから、「ナトリウム濃度の維持」は重要であり、持続的・大量に汗をかく競技では、水分と同時に意識してナトリウムを補給しなければなりません。
これは経験に基づく知恵なのです。

スポーツドリンクの罠

発汗により大量の水とナトリウムが失われたとき、水だけを補給すると「低ナトリウム症」を引き起こします。
これを避けるためには当然、「ナトリウムと水を同時に補給すればよい」のです。
このためによく用いられるのがスポーツドリンクです。
市販のスポーツドリンクは塩分を含み、水と塩分を補給するために完璧であるかのような印象を与え(私自身もそう思っていたのですが)、多くのマラソン大会の給水場で提供されています。
しかし、ここで述べた汗によるナトリウムの損失を市販のスポーツドリンクで補うことは不可能です。
その理由は、スポーツドリンク中のナトリウム濃度はNaCl換算にして1リッターあたり多くて1グラム程度で、汗中の濃度の1/2から1/3程度にすぎないからです。
(マラソンやウルトラマラソンの給水場で提供されているスポーツドリンクの中には、薄めすぎて「殆ど水」のようなものもあります)。
市販のスポーツドリンクのナトリウム濃度は、たとえばウォーキングなどの軽い運動でかく汗の場合には充分です。
しかし大量の汗をかくマラソンなどでスポーツドリンクをむやみに飲めば、かえって低ナトリウム症を促進することになります。
トライアスロンやウルトラマラソンのような長時間走の、たとえば12時間で失われるナトリウムは食塩換算で21−36グラムにもなるので、競技中には水分だけでなく、意識的に塩分を補給しなければ低ナトリウム症となり、救急車のお世話になるのは必至です。

結論
"WHAT COMES OUT MUST GO IN" (出てきたものは入れなきゃならぬ)

前述ホームページの著者(Dr. Douglas Stoddard)はランナーに次のようなアドバイスをしています。
汗を1時間に1リッターかく人は、1時間毎に1.7−3グラムの食塩と1リッターの水が補給できるように給食、給水の内容を計画すること。
つまり、「失った分をこまめに補給することにより、走り始めたときと同じ体の状態を最後まで維持すること」と結論しています。

実際のレースでは?

実際のマラソンやウルトラマラソンなどの競技で、具体的にどのくらいの量の塩分を取ったらよいのか、これは個人によって汗の中のナトリウム濃度が違ったりするので、一概にこうと云うことはできません。
大雑把には、たとえば1時間走るとして走る前後でどれだけ体重が減ったかを測定して、1Kgの減少を1リッターの発汗、汗の中のNaCl濃度を1リッターあたり2−3 グラム位、たとえば2.5グラムと仮定すれば、1時間あたりのNaClの損失が分かります。
「塩分の取りすぎ」*が心配されますが、健康な人は過剰摂取されたナトリウムを2,3日以内に体外に尿として排泄できるはずです。 
具体的な摂取方法は、梅干しとかみそ汁、あるいは塩そのものを用いてよいでしょう。
最近の梅干しは減塩の5−6%のものが多いですが、1粒15グラム(中くらいの大きさ)なら可食部が80%としてNaClが0.6グラム程度ですし、昔ながらの伝統的な梅干しは塩分20%ですから、同じ大きさで1粒に2グラム位です。
みそ汁1杯(200ml)は2グラム位でしょうか。
塩をなめるなら1グラムがどのくらいの量なのか、一度測って見るとよいでしょう。
もちろん、薄いとはいえスポーツドリンクにも、カロリー摂取用のゲルにもナトリウムが含まれます。
含量がナトリウム(Na)として表示してある場合は、その値を2.5倍すると食塩(NaCl)量になります。
これらも含めて、競技中に必要な水とNaClを摂るための食べ物、飲み物を計画して下さい。

「塩分の取りすぎ」*
(医学的なデータでは、たとえば身長160−170cm、体重65kgくらいの健康な人は余分に摂取した25グラムのNaClを24時間で容易に排泄できるとしています。
私の経験では、レース中に塩分をとりすぎると水分も体内に保留されるので、一時的に手足がむくんだり体重が増えたりします。
しかし、2日位でむくみがとれ、体重も戻ります。
走ったあと、いくら水を飲んでも喉の渇きが収まらずトイレに走るのは、逆に塩分のとりかたが少なかった場合です。
みそ汁などで塩分補給をすれば体内に水が保持され、喉の渇きが収まります。)

以上、参考になればと思い、多少の不正確を承知の上でお知らせしました。
ご意見があればお聞かせ下さい。(Ver. 4.2: K. Sakano)

 
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